言葉は言葉以上のもの

はじめて行ったカナダで、いまだに忘れられない事がありました。

久しぶりにカナダの友人に会って、レストランで食事をとりながら楽しい会話をしていました。しばらくすると、ウエイターが寄ってきて、少し食べ物が残っている私の皿を指し、“Haven’t you finished?”と聞いてきました。

私は「はい、まだです」というつもりで、うっかり、“Yes!”といってしまったのです。するとウエイター氏、さっさとその皿を持って行こうとするではありませんか!! 私は慌てて手でさえぎり、“No! No!”と言ったら、お皿は元にもどしたものの、彼はなにか複雑な表情をして去って行きました。

日本語の「はい」「いいえ」

「はい、まだです」は英語なら “No, not yet.”ですよね。とっさのことで、 ”Yes/No”で混乱してしまいました。というのも「まだ終わっていませんか?」と聞かれた場合、日本語では、「はい、(まだ終わっていません)」と答えるからです(「はい」は日本人である私の頭の中では”Yes“だったのです)。

英語やその他の欧米の言語では、このように否定疑問形で問われた場合、事実に即して終わっていれば“Yes”、終わっていなければ“No”で答えます。そのことは学校でも教えるし、私も理屈では知っていたのですが、いざ、実際の場面になるとなかなか言えないのです。ということは逆に、日本語を勉強している欧米の人も、「はい/いいえ」で混乱するはずです。

あの時は、「おいしい料理がまだ残っているのに持っていかれた」くらいですんだでしょうが、もしこれがビジネス中の会話だったら、“Yes/No”で、取りかえしがつかないことになったかもしれません。少なくとも、相手に妙な不信感を与える結果になるでしょう。これはしかし、単なる文法上の違い、として片づけてすむ問題ではないような気がするのです。

「はい」の意味

「食事、終わったの?」→「はい、終わりました」
「食事、終わっていないの?」→「はい、まだ終わっていません」

日本語では、まったく逆の意味の質問のどちらにも「はい」という答えになっているのに注目してください。「はい」は結局、「あなたの言うとおりです(あなたの質問のとおり、終わりました/終わっていません)」という意味で使われていることがお分かりになると思います。

英語の場合は、ことがらの客観的事実について、“Yes/No”と答えるのに対して、日本語の場合、話す人の意識からいえば、ことの事実についてではなく、相手の考えや質問に即して「はい、そのとおり」「いいえ、違います」と答えるのです。これはつまり、相手に「同意する/同意しない」と言っているのと同じです。

 

「この電車は京都に行きますか?」
→はい(=同意)、行きます
→いいえ(=不同意)、行きません
「この電車は京都に行きませんか?」
→はい(=同意)、行きません
→いいえ(=不同意)、行きます

このように日本語の「はい/いいえ」が、相手の考えや発言に対して同意/不同意を意味するために、実際の生活において、「いいえ」(不同意)と答えることはなかなか難しくなります。

電車が京都にいくかどうか、などの客観的な事実についてなら、「はい/いいえ」は簡単ですが、相手の提案や誘いに対して「いいえ」と言えば、それは不同意、つまり相手の意に反する、あるいは逆らうことになり、相手との間に大きな溝や摩擦を作ってしまう可能性があるからです。

したがって日本人は、相手の好意ある誘いや提案などに対して、「いいえ」と答えるのに強い心理的抵抗を感じます。もともと日本人は、相手の立場や考え方、気持ちを考えながら話す傾向が強いために、なおさら「はい」は言いやすく、「いいえ」は言いにくいものになります。「No(いいえ)と言わない日本人」が多いのには、わけがあるのです。

日本人にとっての「いいえ」

しかし、時には「いいえ」と言わなければならない状況に直面することがあります。そんな場合、日本人は普通どう答えるのでしょうか? 

「今夜飲みに行かない?」
→「う~ん、
ちょっと……」

「この服、似合うかなあ?」
→「なんか、こっちのがいいような気がする
→「こっちのがいいかも……」「他の服を見たら?」

「一緒に旅行に行かない?」
→「う~ん、
考えておく/いないかなあ……」

これらの例をみる限り、「はい」とも「いいえ」とも言っていません。このような返事は、日本語に慣れない人には曖昧で、何をいっているのか分からないかもしれませんが、言葉を濁したり、省略したり、要するに言葉の裏で「いいえ」といっているのです。  *いけない=ここでは「行きたくても行くことができない」意。

もし、はっきり「いいえ、No」と言ったら、相手を傷つけるかもしれない、という配慮から、それを避けて別の言い方をするための表現なのです。少なくとも、「いいえ」と即答するのを避けたり、先送りしたりすることができるわけです。

ほかにも、「いいです」「けっこうです」「大丈夫です」など、状況によって“Yes/No”、どちらとも取れるような表現がありますが、これらも大抵は相手に対する配慮、気配りからでる言葉です。

相手の意向に沿わない返事をせざるをえない時、曖昧になったり、多弁になったりすることは、人間ならだれにでもあることですが、日本語の「はい」という返事が、事実の肯定だけではなく、相手の考え方、感じ方への同意、あるいは同調を意味していることは、日本語の根底に関わる大きな問題であると思います。

敬語

さて、相手の考え方に対して明確にNoと言わない、自分の考えを強く主張しない、あるいは曖昧にするなどの日本人の話し方は、相手に配慮することから生まれたものだと言いましたが、日本語の特徴と言われる敬語の発達もまた、相手に対する配慮・気配りに根があるものではないでしょうか?

人と話す時、自分と相手がどういう関係にあるかが分からないまま、日本語を話すことはできません。上下、親疎、男同士か女同士か、さらには会社か家かなど、場面によっても話し方が変わります。自分より目上の人に対しては、相手を尊敬する言い方で話し、自分のことはへりくだって話す。その代わり友達などとは遠慮の要らない、気楽な言葉で話す。日本語は、このように相手に対する心配り、配慮によって成り立っている、といっても決して過言ではないのです。

日本語を話していると日本人らしくなる?

外国人が日本語を話していると、だんだん日本人らしくなってくる、というような内容の新聞記事を目にしたことがありますが、私自身もそう思います。日本語を覚え、日本語でしゃべり始めた学生たちが、いつのまにか態度、ふるまい、表情まで、なんとなく日本人のようになっていくような気がするのです。

「~~です(肯定)」なのか、「~~ではありません(否定)」なのか、最後まで聞かないと分からない、表現が曖昧・多様で意味がよく分からない、女か男か、目上か目下かで言葉を使い分ける等々……。こういう日本語の特徴は、その日本語を話す日本人の考え方、感じ方と深く関わっているに違いありません。
「はい/いいえ」と、“Yes/No”の違いは、単なる文法の問題ではないのです。TCJで日本人の先生と一緒に日本語を、そして日本の習慣や文化を勉強しませんか?

この記事の筆者
日本語教師
MoritaRokuro
プライベート・レッスン講師。出版社で雑誌・単行本・辞書編集などを担当した後、中国・北京の大学で12年、日本語・日本文化・剣道を教える。帰国後は、東京中央日本語学院で日本語講師。趣味は音楽、剣道(教士七段)。著書に『北京で二刀流』(現代書館)、『日本人の心がわかる日本語』(アスク出版)など。

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