美しい桜と日本語

日本人は「花」と聞くと、すぐ桜の花を思いうかべます。なぜ、そんなに桜が好きなのでしょうか?
今回は、日本の象徴・桜とそれをとりまく日本語についてご紹介しましょう。

 

桜を愛する日本人

冷たい北風が吹きすさぶ長い冬が終わり、少しずつ暖かくなってくると、いよいよ春の到来。桜はちょうどその「春が来た」という、心のはずむ時に咲く花です。薄いピンクの、とても可憐な花で、葉が出る前に満開になるので、木全体がびっしりと薄いピンク色に染まって輝くばかりになります。

ですから、寒さが緩んで少し暖かくなってくると、みな桜の花が咲くのをまだかまだかと、楽しみにするのです。

日本は南西から北東へと長い島なので、所によって桜の咲く時期が1カ月以上違います。その開花の時期を「桜前線」というのですが、天気予報やニュースで、今どこまできているのか、毎日報道されるのです。花の咲き具合を表現する「三分咲き」「五分咲き」、「七分咲き」そして「満開」などの言葉があって、それを聞きながら人々は期待に胸をおどらせます。政府の機関である気象庁も、なんと桜の「開花宣言」まで出すのです。

「花見」というのは、もちろん桜の花を見にいくことですが、日本人は満開になった「桜並木」の下でいっしょに食事をしたり、お酒を飲んだり、歌をうたったりして楽しむのが大好きです。日本には、こういう花見の名所がいたるところにあります。

桜の名所は外国にもいくつかあって、アメリカの首都ワシントンのポトマック河畔、スウェーデンのストックホルムにある王立公園に咲く桜は有名ですが、中国にも北京の玉淵潭(ぎょくえんたん)公園にたくさんの桜の木が植えられていて、私も日本語科の学生たちといっしょに、よく花見に出かけたものです。これらの桜は、実は友好の印として日本から贈られたもので、現地に根付いて人々から愛されているのです。

 

日本の美を歌う和歌

日本の文学の中に31文字で綴る和歌というジャンルがあって、桜は古い時代から詠(うた)われていました。9世紀の有名な歌人・在原業平(ありわらのなりひら)の作に、

世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし

という歌があります。この世に桜というものがなかったら、どんなに春はのどかなことだろう、という意味です。今日はどこそこの桜が咲いた、明日はまたどこそこの桜が咲いたと聞いたら、そわそわする日本人の気持ちがよく表現されています。
ところが、みんなが待ちに待った桜の花は、咲き始めたら一斉に満開になり、そしてすぐに散ってしまうのです。ちょうど雨や風の強い時期でもあり、満開の桜は3日もすれば散り始めます。「花吹雪(はなふぶき)」という言葉がありますが、これは強い風が吹いて、ちょうど吹雪のように花びらが飛び散る様子を表現したものです。そしてたくさんの花びらが地面に落ちて、まるで絨毯(じゅうたん)のようになると「花筵(はなむしろ)」、水面にうかぶ花びらは「花筏(はないかだ)」。桜の花の短い命を愛(いと)おしむ日本人の心がこうした言葉から読み取ることができます。

業平と同じ時代の歌人・素性法師(そせいほうし)は、次のように詠っています。

花散らす 風の宿りは たれか知る 我に教えよ 行きて怨みむ

誰か花を散らしてしまう風の住処(すみか)を知らないか? 教えてくれたら、行って文句を言ってやろう、と風を恨んでいるのです。
満開の桜の枝から、風もないのに淡いピンクの花びらがハラハラと散る姿は可憐ですが、生き物の命の短さ、「はかなさ」をも感じさせます。花の命も人の命も、いつまでも続くものではない。そういう「はかない」ものを日本人は美しいと思い、惜しむのです。桜が咲いた、と聞いて日本人が落ちつかなくなる本当の理由は、ここにあるのです。

 

日本の美とは?

一般に、日本人は完全なものより、どこか欠けているものに美を感じることが多く、満月を過ぎた月や、すこし雲がかかった月などを愛するところがあります。色が悪くなってもいつまでも咲いているような花とちがって、満開になるとすぐ散ってしまう桜の花、その散り際(ぎわ)に美を見いだすのも同じ心情でしょう。

惜しまれるうちに早々に散ってしまう桜のことを、日本人は「いさぎよい」と思います。いさぎよいとは、ものごとに執着しない、見ていて清々(すがすが)しい様子のことです。

「いさぎよい」は、かつて武士についていわれることが多い言葉でした。武士の務めは死を恐れずに勇敢に戦うことです。運悪く負けたなら、逃げたり命乞いをしたりしないで、名誉ある死を選ぶのが理想的な姿と思われていました。そういう態度を「いさぎよい」と褒めたのです。

現代でも、大臣や社長など地位の高い人が、自分の非を認めないでごまかしたり、言い訳をしたりして、いつまでもその椅子にしがみついていると、みなが「いさぎよくない」と思います。

 

桜と武士―日本の象徴

「花は桜木、人は武士」ということわざがあります。花ならパッと咲いてパッと散る桜の花が一番、人についていえば、勇敢でいさぎよく散る武士がすばらしい、といっているのです。

深い文化と長い歴史をもつ日本、その日本で話される日本語を専門とするTCJで、いっしょに勉強しませんか?

 

この記事の筆者
日本語教師
MoritaRokuro
プライベート・レッスン講師。出版社で雑誌・単行本・辞書編集などを担当した後、中国・北京の大学で12年、日本語・日本文化・剣道を教える。帰国後は、東京中央日本語学院で日本語講師。趣味は音楽、剣道(教士七段)。著書に『北京で二刀流』(現代書館)、『日本人の心がわかる日本語』(アスク出版)など。

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